【完全ネタバレ解説①】ハートボイルド・フィクション【神威杏次】

 【完全ネタバレ解説】公開します。

 ネタバレなしに映画を観たいと言う方は、以下は読まずに、次なる上映機会をお待ちください。未見の方への説明つきで書くと、さらにとんでもない長文になるため、映画を観ていない人には、まったく意味のわからない内容となりますが、興味のある方はどうぞ。


==以下、ネタバレ==

◆メインエピソード『BAR(MAY2)~JUSTICE』

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まずはやや長くなりますが、エピソード1の時系列エピソードをすべて書き出します。

その後に解説があります。


【時系列順、フル・エピソード】

注)以下、劇中で見せている部分と、見せていない部分(原作・裏設定、青字部分)も含みます。裏設定をすべて劇中で描くと、このエピソードだけで純粋な長編映画になりますが、今回はオムニバスのひとつに収めました。

 

・七年前、通り魔に倉岡の婚約者が殺害される。

・早い段階で捜査が打ち切られる。迷宮入り。

・事件の迷宮入りに納得できない倉岡は、数人の探偵に捜査を依頼するが、結果はすべて同じ。「迷宮入りも致し方なし」との結論しか得られない。

・五年後(劇中の二年前)倉岡、美雪と出会う。

・事件のことは美雪にも誰にも内密だったが、過去を吹っ切ることができず、時には寝床でうなされるなど、苦しむ倉岡の姿に「なにかある」と感じた美雪は、密かに倉岡の旧友を尋ねて廻る。やがて、美雪は事件のことを知る。

・同じ頃、街で偶然出会った男が界隈で有名な私立探偵・黒猫であると知った倉岡は、最後の希望を託し捜査を依頼する。黒猫は「過去を忘れること」を薦めるが「事実を知りたい」と懇願する倉岡に押し切られる。

・六年後(一年前)探偵・黒猫が当時の担当刑事を割り出し、ついに犯人の名前と素性を聞き出す。同時に「警察がなぜ事件を迷宮入りにしたのか」の理由も。

【犯人であるマスターの責任能力の問題から「100%起訴できない」と判断した警察が意図的に事件を闇に葬った。】

・去り際に「野良犬が野良猫を殺しただけのことだ」と言った刑事を、我慢できずに殴ってしまい、探偵は業務停止になる。

・探偵は、調査報告を倉岡に告げる前に何度かバーへ行き、マスターの状態を確認する。自分が感じた想いを、倉岡が同様に感じてくれれば、もしかしたら、倉岡が救われるかも知れないとの考えに至る。

【探偵が感じたこと=『犯人(マスター)も、社会や、なにか大きなものに見捨てられた被害者』だという事実。】

・探偵が事実を倉岡に話す。「一年待ってください」と言うが倉岡は怒って出ていく。

・探偵、業務停止になった自分の代わりに、アシスタントであるアリサに後(倉岡のケア)を任せる。アリサは、倉岡の動きを監視するとと共に、映画関係の記者を装い美雪に接触。

・部屋や携帯電話を解約し、自ら「行方不明」になる倉岡。美雪に迷惑をかけないよう、別れの手紙をマンションの扉に挟む。

・4月の終わり。美雪、倉岡のマンションで「別れよう。撮影がんばれ」と書かれた手紙を発見。その裏に「誕生日の午後、広場で」と書いて再び扉に挟む。携帯に電話をするが、番号はすでに解約されていてつながらない。

・旧友・鳴海の元へ行き、銃を借りる倉岡。鳴海も「一年待て。」と忠告。

・5月1日、急きょ週末から海外での撮影に行くことになる美雪。

・5月2日、復讐を心に誓い、BARに立ち寄る倉岡だったが、探偵と鳴海から言われた「一年待て」の忠告と、美雪の「誕生日に広場で」の手紙がブレーキになり、なにもせずに店を後にする。

・5月7日(美雪の本当の誕生日)広場に行く倉岡。美雪は海外へ行っているので現れない。※倉岡が「彼女の誕生日は5月2日」と話したのは完全な嘘。事件の起こった日である5月2日というキーワードを出してマスターの反応を確かめる意図。

・「一年待つ」ことにした倉岡。時間の経過と共に徐々に心を落ち着かせていく。

・8月、海外撮影から帰国する美雪。再び、美雪と会うアリサ。アリサはここで自分の素性と事件の全貌、さらに現在の倉岡の状況を美雪に話す。倉岡が5月2日にBARにいったこと、それでも思いとどまっていること。倉岡の元へ行くよう促すアリサに、美雪は自分の気持ちを語る。美雪の選択は一年前から変わらず「手を差し伸べること」ではなく「待つこと」。

【倉岡が自分の意思で「過去を吹っ切る」決断をしないことには意味がない…というのは、探偵が倉岡に事実を話した理由でもあり、賭け。美雪も同じ想いだった。劇中の美雪のセリフ「記憶は消すことができなくても、感情なら消すことができる」は、倉岡が感情を消して立ち直ることを期待する言葉であると同時に、倉岡が自分の元に戻ってこない場合に「倉岡を好きだった感情を(美雪が)忘れる」覚悟も含んでいる。また、消せない過去とどう向き合っていくか、過去とどうつきあい未来に向かうか…という映画の大きなテーマを担う重要なセリフでもある。

・やや時が経ち、少し落ち着いた倉岡の気持ちは「過去を忘れること」で固まりつつあった。探偵の「過去に殺される(つもりか)」という言葉も大きかった。5月2日に同じくバーにいったのは「過去を吹っ切るため」であり、再びマスターと対峙しても自分の気持ちが変わらないことを確認したかったから。つまり、バーに行った当初の目的は「許すため」。

・アリサは「倉岡が動くとすれば、去年と同じ5月2日。」と推理し、先客を装ってBARに入る。目的はもちろん「復讐を阻止するため」。

・探偵が美雪に接触。倉岡がバーに入っていったことを告げる。あらためて、美雪の「運命に従う」決断を尊重し、美雪と別れる探偵。あとをアリサに託す。

・部屋にこもり、ジャスティスのカードを逆位置に廻す美雪。

・BARでのなんてことない雑談が倉岡の心を変えてしまう。それはマスターの「酔って記憶を失くしたバカ話」。「覚えてない?」と問いかける倉岡。いくつかのワードが事件への怒りの感情を呼び覚ました。以後、倉岡はすっかり不機嫌になる。

・察したアリサは、どうにか倉岡を店から連れ出そうとするが、倉岡は頑として動かない。倉岡の殺気を感じたマスターがパニックを発症する。それを見た倉岡が反射的にホルスターから銃を抜く。

【倉岡の「覚えてるだろ?思い出せ!」というセリフは、銃を抜いてしまった状況で「引き金を引く」理由が欲しかったから。意訳すると「覚えているといってくれ。それなら、俺は躊躇なく引き金を引ける。」という意。それはもちろん、以後、自分も殺人の罪を背負って一生を生きていくことを想定している。そこでのアリサの「撃ったら負ける。その人を撃ったら貴方の負けなのよ。」のセリフは重い。】

・マスターもまた「過去」に苦しんでいた。自分がしたことさえわからない、誰も教えてくれない孤独。倉岡が「過去に殺されかけている」とすれば、マスターは「孤独に殺されかけている」状態。フロアに転がり泣きじゃくるマスター。

・倉岡、前述の探偵と同じ想いに至り、銃をおろす。

・アリサから「彼女(美雪)は、前から事件のことを知っていた。知っていて貴方を(まだ)待っている」と聞かされた倉岡がバーを出ていく。

・鳴海が、自宅に戻してあった銃にきづく。銃が使われていないことを確認し安堵の表情を見せる。

・五月七日。広場に行く倉岡。そこには美雪の姿があった。

・アリサから事件の顛末を聞いた探偵。「この街でやることがなくなった」と、街を出ていく。アリサもついていく。

 

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【つまりどういう物語かというと】

「過去に囚われ、過去に殺されかけている」倉岡を、探偵・アリサ・鳴海・美雪…、四つの「愛」が救った物語。

 壊れた人間を救うのは「愛」しかない。この場合の愛の定義は「他者への想いと無償の行為」。例えば「自己犠牲」「懺悔」「共感」「宿命」総じて「無償の行為」。

 映画の中で最もネタバレ部分になるのが「アリサは実は探偵のアシスタントで、倉岡の復讐を思いとどまらせるためにバーに来ていた」という部分ですが、ポイントは、探偵もアリサも、その時点では、倉岡との間の利害関係は終わっていて、二人の行動が「無償」であるということ。「無償の行為」の原動力は「愛」しかない。「情け」であるかも知れないけども「憐み(あわれみ)」ではない。むしろそれは「自分のため」だという確信が二人にはある。「情けは人のためならず」ということ。
  
 自分のために生きている限り、人間はけっして幸せにはなれない。「他者への愛の深さ」で人間の価値は決まる。もちろん、男女間の愛だけの話ではないです。もっと広い意味での、人間同志の、あるいは地球への、自然への、生命への、動物への、海への、ほぼ、すべてに対する大きな「愛」です。

 『誰かのために泣くこと』『誰かのために祈ること』…映画のキャッチコピーは「幸せになるにはどうしたらいいですか?」という質問への神威の回答です。

 また、上記時系列ストーリーの中でも触れましたが、本編内の重要なセリフ「記憶は消すことができなくても感情なら消すことができる。」このセリフが大きなヒント。

 人間が生きていく上で当然過去が作られていき、それは、未来につながる希望の過去である場合もあれば、思い出すたびに死にたくなるような悲しい過去もある。それは事実として消せない。ただ「過去を忘れる」とは、記憶を消すことではなくその「感情」を忘れるということ。つまり、自分の意思によって、実質「活かす」ことも「消す」こともできる。良い過去の感情を忘れないようにして未来への糧にする。悪い過去を断ち切って新しい未来へ向かう。「どの過去とどうつきあい、今、どう振る舞うか。」そのチョイスが、その人の「生き方」であり、そこから生まれる行動や言動が「人格」になり、その結果が「未来」となる。すべては自分次第。

「もうダメだ、立ち直れない」なんてことはない。「過去に殺されるな」という皆様への激励メッセージです。

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【自己犠牲】=探偵クロネコ。世の中で最も至高の愛は「母親の我が子への無償の愛」ですが、そこに否応なしに伴うのが「自己犠牲」です。捜査に協力した刑事の「野良犬が野良猫を殺しただけのことだ」というセリフに怒り、刑事を殴って街を出ていくことになる探偵は「自己犠牲」のメタファー。

 登場からしばらく、怪我をした右手に包帯を巻いている。その下には彼のアイデンティティである「狼の刺青」がある。つまり、包帯(犠牲の代償)によって刺青(自己)が見えない(抑制している)状態を現していて、エピローグで、バイクのアクセルを廻す右手の刺青が大写しになるのは、長い戦いが終わり、しがらみから解放された安堵、ようやく「自己」に戻れたという、前を向いた晴れやかな気持ち…の表現。

【懺悔】=鳴海。倉岡との二人の会話の中で「他人のことはなんとでもいえる。自分のことになるとからっきしなクセに…」と自戒するセリフがある。おそらく鳴海は、百戦錬磨の過去を乗り越えてきた経験から「怒りの無意味さ」「復讐という行為の空虚さ」を痛いほどわかっている。倉岡への想いは、過去の自分に対する懺悔に等しい。

【共感】=アリサ。この場合は「孤独への共感」。冒頭のバーの会話で、アリサが「天涯孤独だ。」と話す会話がある。「孤独の意味、痛み。」を嫌というほど知っているアリサの想いは、「怒りにまかせ、自ら孤独を選ぼうしている」倉岡と「孤独に殺されかけている」マスターの両者に向いている。長く事件を追ってきた探偵の無念の想いも知っている、美雪の気持ちも理解できる。アリサのそれぞれの人物への「共感」が、全員を救った物語…でもあります。

【宿命】=美雪。オーディションがきっかけで女優としてのチャンスを掴んだ美雪は、劇中に登場するタロットカードも含め「運命」「宿命」のメタファー。「自分で選択しないこと」というセリフにもある通り、劇中の美雪は「運命・宿命に従うスタンス」でいる。ライオンが我が子を谷底につきおとし自力で這い上がってくるのを待つのも、ひとつの愛のカタチ。這い上がって来ない場合の覚悟も含めて。

 ジャスティスのカードを正位置から逆位置に廻すところは、美雪の「覚悟」を現わすシーン。

【探偵・鳴海・美雪の『賭け』】 

探偵と鳴海が共通して「わかっていること」がある。それは「人間は自分の行動とその結果からしか学習できない」ということ。倉岡に、いくら復讐を思いとどまるよう進言したところで、仮にそれで一旦は思いとどまったところで、彼はずっと「一方的な被害者意識」を抱いて、怒りの感情や、やりきれない想いを抱き続けたまま生きていくであろう。倉岡が、本当に過去をふっきって前を向くためには、自分の眼でみたこと、自分の経験から、心底「これで良かったんだ」と感じる必要がある。鳴海が倉岡に「(探偵が)どうしてお前に事実を話したと思う?」と聞いた意味はそこにあって、鳴海は、倉岡が「自分で気付いてくれること」をただ願うしか方法がないこともわかっていた。頼まれて銃を貸したのは、鳴海の大きな賭け。同様に、探偵が犯人の素性を倉岡に知らせたのも賭け。「答えを待つしかない」との境地に至った美雪もまた「賭け。」彼ら三人の選択は、もはやそれしかなかった。

 クライマックスのBARの中で、アリサが泣きながら両手を合わせて祈る姿は、探偵、鳴海、美雪、アリサも含めた四人の「祈り」。誰かを救うのは、誰かの強い想い、願いしかない。

 ただ、彼らの「賭け」は質としては他力本願なもの。対して、もっと直接的に、無茶ともいえる行動に出たのがアリサなのですが…、、

【ジョーカーとアリサ】

トランプのジョーカーは「切り札」とされる。タロットカードの「愚者」と似た意味を持つカードであり、愚者の意味は「自由」「発想力」。アリサが冒頭のバーで「(私はいつもこう」とジョーカーを見せているのは、決して「運が悪い、ツイてない」などと言いたいわけではありません。「私がこういう性格だから」という意味です。つまり、アリサ自身がジョーカーなのです。こういう性格とは…、美雪とは逆になりますが、アリサは「運命も宿命も、自分で変えていける」と思っている。

 「運命」「宿命」が、そもそも「自分の力ではどうにもならないなにか大きなもの」のメタファーなのですが、アリサ=あきらめずに行動を起こす存在で、ゆえに、痛い目にもあうし他者との摩擦も起きますが、行動があるゆえに、彼女は天涯孤独な世界でも負けずに生きてきた。

 そして、結果、彼女の「行動」が、他の登場人物全員を救う。

『行動こそ「切り札」。』

もちろん行動に至るにはそれ以前の「想い」があってこそだけども、最後に必要なのは、やはり「行動」。

想いと行動で…『運命なんて変えていける』というメッセージです。

 エピローグで、ジョーカーのカードを指で弾き飛ばすのは「この先、どんなカードを引こうとも怖くない。弾き飛ばして、自分らしく生きるだけだ」という力強い意志の表現。加えて、またがる乗り物が、不安定な二輪のバイクであることや、ジーパンの後ろポケットに、携帯電話とトランプが今にも落ちそうに無造作に差し込まれていることは「(なにごとも怖れない)勇気」のメタファー。

【つまり】

 倉岡がきづかないところで、探偵・アリサ・鳴海・美雪が、倉岡への「愛」をもって行動していた。祈りにも似た強い想いを持っていたことで、倉岡は救われた。運命だと感じることにも、そこにはきっと誰かの(君への)想いや力が介在している。人間はひとりで生きているのではない。自分の知らないところでも、常に誰かに助けられている。だから生きていけるんだ。

「愛を与えながら生きること。愛を感じて生きること。」

 
※次回、上記のような暑苦しい物語を中和する…「エピソード2」「エピソード3」のネタバレ解説を。

▼エピソード2ネタバレ解説

▼エピソード3ネタバレ解説

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