2021年5月末から7月一週目にかけての毎週末は、男4~5人の長距離ドライブとなった。
昨年の製作日誌にも書きましたが、映画の脚本は読み物ではなく設計図ですので、当然ですが、与えられた条件で実際に撮影ができるように書かなければいけません。海上でジェットスキー・チェイスをしながら銃撃戦、そこに巨大な亀が現れて…なんて書いてはいけないのです。
前作「スモーキー・アンド・ビター」では、アタマに浮かんでいた「常に砂塵が舞う西部劇みたいな町」は「そんな場所、日本の、さらに撮影で行ける場所には絶対にない。」と、何度も書きかけの脚本を捨てながら、でも「このテイストをやりたい」の想いを諦めきれず「ええい、書いちゃえ。」で脚本を書きあげました。地獄のロケハンを覚悟のうえ。幸い、ロケハン初日に奇跡が起こり、千葉にあるフロンティア・ビレッジ様という素晴らしい場所を使わせていただけることになりました。さすがに「町」にはできず「町の中にある牧場」とスケールダウンはしましたが、それくらいは想定内。充分に「スモーキー~」に絶対必要だった「西部劇風」のテイストを具現化することができた次第。もちろん製作費が10倍あれば…と考えなくもないですが、それは言っちゃいけない。
ひとつ、自分に言い聞かせているのは、条件が厳しいからと言って「条件内で確実に無難に、無理なく、そつなく撮影できる設定にしよう」とは思わない事。かといって派手な銃撃戦やカーチェイスなど、あきらかにお金のかかるシーンは今の規模では無理なので、そこは妥協します、妥協しまくります。
ただ、ことロケ場所のイメージに関しては妥協せずに、まずは脚本にしてしまいます。そこを妥協すると、日本で撮影する以上、普通に撮影したら日本にしか見えないのは当然で、自分の映画の基本である「架空の世界観」が薄まってしまうからです。
正直、新作「ムーンライト・ダイナー」の中にも、何か所か「この設定でこの場所は、ちょっと無理がある」というロケ場所は出てきます(キッパリ)。映画をたくさん観ている映画ファンなら「こういうシーン、本当はもっとこういう場所で撮りたかったんだろうな」と想像してもらえると思います。その「想像してもらえる」ことが大事だとも考えています。そもそも、日本人が日本語で演じている「無国籍ハードボイルド」に無理がないはずがありません。映画の中には「保安官」が出てくるし「国境」なんてセリフも普通に出てきます。でも、それが自分の世界観なのだから仕方ないです。
というわけで、長くなりましたが「ムーンライト・ダイナー」のロケハンのお話。
そんな、そう簡単にはみつからない神威映画を撮るための場所を探すために、今回は、制作初期段階から、萩田博之、蜂谷英昭、坂本三成、途中から加賀谷崇文も加ってくれ完全にチーム作業となった。これが本当に助かった。
制作チームのグループラインを使い「自分がイメージを伝える」→「各自がネットで検索して出し合う」→「検討、週末に実際に見て回るルートを決める」→「週末、早朝出発」という流れを、6月から7月の一週目まで5週ほど続けた。蜂谷英昭所有の車は、完全にTEAMKAMUI制作車となり、毎週末の長距離ドライブにタイヤをすり減らした。ロケ場所は、ただどこかにあればいいということでもなく、その日のスケジュールで移動可能な場所であり、トイレの位置、パーキングの位置、すべてをチェックして「ここでいける」という場所を探す必要があります。そこが大変なのです。
今回のメイン場所である「山道にポツンと佇むダイナー」なんて、ハナから、ちょうど良い物件が存在するはずもなく、ついにはログハウス風の建物の内装をすべて作りこむ事態になった。
神威組初の「セット作りこみ」。幸い、神威組には舞台で百戦錬磨の舞台監督がたくさんいる。蜂谷、萩田、加賀谷の美術制作スキルは驚くほど。美術制作中、おかげで神威は例年より早めに次のミッションに進むことができ、制作日程短縮にもつながる。自宅が小道具倉庫と化している神威・萩田の小道具チームは、小道具の最終チェックと調達の相談。それを横で聞いていた加賀谷崇文が、まさかのデザインスキルで「今はどこでも売っていない、作るしかない」となった懐かしいチョコレート「ウイスキーボンボン」を必要な撮影日までに作ってくる。蜂谷英昭も、自分が知らない間にすでに材料を買い込んで「割っても危なくないウイスキーのボトル」を制作し、自宅の浴槽で爆破テストまでやってくれていた。制作期間中、こと映画を作るために必要なこと以外の優先度、周りへの気遣いが普段の2%まで低下する神威に代わって、現場での俳優ケア、女優さんケアは、さすがレディファーストの国で俳優になった紳士・坂本三成の独壇場だ。
正直、最初からそこまでのバランスを考えて集めたメンバーではない。常に公言している通り、演技力と存在感、なにより人間性を基準に集めたのが今の神威組なのだけども、制作スキルや美術スキルまで考慮してはいない。しかも少数精鋭なのです。限られた人数の中で「なんだ、この素晴らしいスキル・バランスは。」と、あるとき気づいて「すごいな、神威組」と自画自賛することに。
そんな制作チームに助けられた毎週末の長距離ドライブ。それは、ただ自分が助かったというだけでなく、いざ本番となるクランクインに向けて、内部モチベーションの維持・向上につながった。自分たちの動きは、他の出演者などにいちいち報告はしていないのだけど「なんか裏で頑張ってるらしい」空気は、説明しなくとも、他のメンバーも感じるのだと思う。
撮影最終日の夜、制作の最終打合せから、プチ打ち上げとなった男5人の乾杯の際、真っ先に泣き出した萩田博之の涙がすべてを物語る(と、ここでバラす)。
7月3週目のクランクインに向け、わずか数日ではあるけど、衣装の最終チェックや各自の役作りを確認する大事なリハーサル期間に突入した。ひとり、神威杏次という俳優が撮影当日まで自分の役作りをおろそかにしていること以外は順調だ。
(つづく)